百円玉が少なくなったので両替のためD銀行へ行きました。近所の地銀です。私の住む県では幅を利かせている銀行で、実にタカビーな商売をしています
田舎あるあるなのですが、地方においては規模の小さい地銀のほうがメガバンクよりも信用される傾向にあります
年寄りなんかはメガバンクを知りませんからね。三菱UFJとUSJの区別もつきません。世の中にはD銀行しかないと思っているので、仕事の代金をメガバンクの口座に振り込んでもらおうとすると胡散臭い顔をされるほどです
そんなわけで私は仕方なくD銀行の口座を開いているのでした
冷房の効いた銀行に入ると、さっそく両替機に一万円札を入れました
いざ両替……しようとして、ふと手が止まります
操作パネルに表示された手数料の金額をマジマジと凝視
……
おいおい、マジかよ
両替手数料が200円に値上げされてる!
先日までは100円だったはず。つまり倍に跳ね上がってます
たかが両替で200円!? ぼったくり過ぎでしょ
200円あったらいつものおやつを買ってもお釣りがくるじゃんね
うぬぬぬ
預金してもノミの鼻クソみたいな利息しか払わんくせに、両替手数料は速攻で倍かよ
許せんD銀行め。取り付け騒ぎでも起きればいいのに
しかも私は口座開設者ですよ (他の銀行は預金者であれば月に一回は両替無料とか優遇措置があるのです)
この銀行が殿様商売と言われる所以です。競合する銀行がないので傲慢で生意気な経営姿勢。地元大企業との関係が非常に密接で新規事業者や県外から参入してきた事業者に冷たいことでも有名でした
私は融資について相談に行ったらけんもほろろに追い払われたので根に持ってます
貧乏な自営業者から小銭をたかるとはやってくれるぜD銀行
資本家の犬、マルクスの亡霊どもめ
革命じゃい、カモン共産、グッバイ渋沢栄一
店に置いてる雑誌はターザンから週刊金曜日と赤旗に差し替えてやるからな
私がぷんぷん憤慨していると
「いかがなさいましたか? 使い方がわからなければ説明させていただきますが」
と涼やかな声。振り向くと女性行員が立っていました。
アラ、可愛い
微笑みを浮かべた若い女子です。首に水色のシャレたスカーフなんぞ巻いてます
悔しいことにD銀行は見目麗しい女性が多いと評判でした。この行員も例外ではないようです
しかし私に色目は通じんぜよ
ねえちょっと! 両替手数料がいきなり200円とか酷くない?
と声を大にして訴えました
というのはもちろん嘘で
流石に小娘相手におっさんが200円でギャンギャン噛みつくのは恥ずかしい
くくッ、今回は許す
私は「大丈夫です」と返して両替を済ませると、銀行を後にしたのでした
25年前にクラスメートだった津崎君(仮名)の話
店に戻った私は『初級革命講座 飛龍伝』を読みました。左翼革命家の心得を学ぶためです。すでに何べんも読んでいるのでボロボロ
ちなみにこの小説はつかこうへいの傑作です。でも全然売れなかったらしい。アフィりたいけど恐らく絶版じゃないかな。あ、古本ならリンクが貼れた
内容は左翼かぶれのロマンチスト、熊田留吉と愉快な仲間たちが舞台に出演したり学生運動する話。イカれたストーリーなので興味のある方はどうぞ
小説を読んでいた私は、マルクスとかレーニンという単語に、ふと高校のクラスメートのことを思い出しました
25年前
高校生な私は教室のすみでセックスピストルズとモーツアルトを同時に聴いていました。左右の耳に別々のウォークマンのイヤホンを差して
曲はトルコ行進曲とゴッド・セイブ・ザ・クイーンだったと思う
先に言っときますけど頭が狂ってたわけじゃありませんからね
なぜそんな事をしていたのかというと、テレビ朝日のミュージックステーションで米米クラブのカールスモーキー石井がそういう音楽の楽しみ方をタモリさんに披露していたからです
それでさっそく真似してみたわけ
でもいまいち良さがわかりませんでしたね。っていうか平衡感覚が狂ってきた、頭がおかしくなりそう
それでも私はアーティスト気取りでヘッドバンキングしながらノッてる振りをしてました
自分だけはこの複雑音楽をわかってるぜ、と言わんばかりに
誰も私を見てませんでしたけど
「何してんの?」
そこへやって来たのが津崎君(仮名)でした。肌が浅黒くて目が細い男です。いつも無表情なので感情が読みづらい奴でした
私はイヤホンを外すと、得意げに言いました
「ああ、これ? ピストルズとモーツアルトを同時に聴いてるの。津ッちょもやってみ、なかなか良いよ。昨日ミュージックステーションでカールスモーキー石井が紹介してたんだ」
「ミュージックステーション? カールスモーキー石井?」
「そうよ」
「真似してるってこと?」
「そう」
津崎君は目をカッと開く
「ヤマグチ! お前には自分がないのか! 人の真似して悦に浸るなんて・・・もっとさあ、自分で色々と考えろよ!」
いきなりマジ切れですよ津っちょ。
まさか怒るとは思わなかったので私は困惑顔です。彼の説教は続きます
「あのさあ、カールスモーキー石井がピストルズを聞いてるんだったらお前はドアーズとか他のバンドで試せばいいだろ、なんでそっくり真似するんだよ、オリジナリティがないだろ」
彼の理屈はよくわかりませんでしたが。高校生なんてこんなものです
私は納得がいかないまま
「ええ、そんなに怒らんでもいいじゃん・・・」
とブツブツふて腐れるだけ
こういう事はありましたが、彼と仲が悪かったわけじゃありません
むしろ津崎君は私と仲良くしてくれました
よく私を自宅に招待しては色々とマニアックな漫画やCDを貸してくれました。映画にも詳しくて彼から教わった良作が沢山あります
ギターを弾いて歌も歌ってましたね
彼はバンドのボーカルをしていたのです。普段はボソボソと喋る癖に歌い出すとヘヴィーボイスで声の通りが異様に良い
津崎君とはクラスが変わっても付き合いは続きました。しかし卒業すると彼は県外の大学へ行ったので会わなくなりました
次に会ったのは高校を卒業してから3年後くらいだったと思う
仲の良かったクラスメートで集まった時に会いました。居酒屋に集まって皆でワイワイ
津崎君としっかり話す時間はあまりなかったですね
会がお開きになると、私はタクシー代をケチって歩いて帰ることにしました
「ヤマグチ、俺も歩くわ」
津崎君も一緒に帰りました
帰りの道中は津崎君の話をずっと聞いてました。大学の話、結成したバンドについて
そこで気づいたんですけど、津崎君は昔に比べて饒舌になってましたね。前はもっと大人しかったです。私に対しては強気でしたけど
途中で公園を見つけると、公園のベンチに座って煙草を吸いながら駄弁ってました
津崎君の話題は大学の話からいつの間にかソビエトやマルクスの話に変わってました
チトー、十月革命、毛沢東の何とかいう本、チェ・ゲバラ、カストロ
私にはちんぷんかんぷんです。しかし津崎君のトークは熱を帯びてさらに早口に
よくよく話を聞いていると「俺のバンド活動は打倒資本主義を掲げている」などと不穏なことを言ってました
最近は初期のソビエト国歌をアレンジした曲を作ってるらしい
ギターは市販されているのがアメリカや日本のメーカーのものしかないので、自分で作ったとか訳のわからないことを言ってました
要するにアンチ西側諸国ということらしい
私は彼の奇行に笑い転げて、「だったら服も着ないで全裸にエアギターで歌えばいいじゃん」
と言ったら「総括すっぞ」本気でキレられたので、それが余計に可笑しくて「あははは、日本赤軍かよ」
と大爆笑です
特に彼はスターリンが好きらしく、逸話を色々と教えてくれました。
詳しくは覚えてないですけど、
川で溺れてる人を見たスターリンが拳銃をその人に向けて脅して助けたとか、そんな話だったと思う
津崎君はそんな話を嬉々として喋ってました
なんか高校の頃に比べてヤベー奴に進化してましたけど、生き生きしてるから良いんじゃないかな
結局、私は夜が明けるまで彼から社会主義とは何たるかを聴かされるのでした
津崎君とはその後会うことはありませんでした
私は地元で就職し、彼は大学のあった県で就職したと友人伝いに聞きました
スポンサーリンク
それから・・・
今から10年くらい前、私の住む県ではコンビニのセブンイレブンが妙なことを始めました
客が店に入るとそれを合図に店員が歌を歌うのです。それは例えばこんな感じ
「いらっしゃいませ~」(来店に気づいた店員がまず一言)
「「「いらっしゃいませ~」」」(他の店員が呼応して声を出す)
「本日はホットスナックが全品三十円引きとなっております、いかがでしょうか~」
「「「いかがでしょうか~」」」
「新製品の〇〇ぺペロンチーノはいかがでしょうか~」
「「「いかがでしょうか~」」」
「缶コーヒーのジョージアがキャンペーン中です、いかがでしょうか~」
「「「いかがでしょうか」」」
こんな感じでお客さんが入店するたびに延々と商品紹介を合唱するのです。リズムに乗って歌うように
県内のあちこちのセブンでやっていたのでオーナー独自の取り組みではないと思います
でもね、
私はなんだかその歌が物悲しくて好きになれませんでした
奴隷が無理やり歌わされてるようにしか聞こえないんですよ
店員は他の仕事をしながら歌い続けるわけです。だから声に力がない
そりゃずっと歌えば疲れるよね
ホント、ガレー船を漕いでる奴隷ですよこれじゃ
そんな10年ほど前
テニスの大会にエントリーしていた私は試合会場へ向かって車を走らせていました
早朝に出発したので朝ご飯を食べておらず途中でセブンに寄ることに
店に入るとお馴染みの歌が聞こえてきます
「いらっしゃいませ~ ただいまアメリカンドックが30円引きとなっております、いかがでしょうか~」
「「いかがでしょうか~」」
自分にはドナドナにしか聞こえません
手っ取り早くパンを2つ選んでレジに行きました
「ただいま〇〇のカフェオレを130円で販売しております、いかがでしょうか~」
「「いかがでしょうか~」」
私がパンしか持ってないので飲み物を営業しているようです。なんか嫌だなこのプレッシャー。もしかしてこれがセブンの狙いかよ
むむむ、と不満を覚えた私は主旋律を担当していたレジ前の店員を見ました
「……ん?」
「……っ」
私と同年代、つまり30のおっさん店員と目が合いました
津崎君でした
最後に会ってから10年が経っていましたけど、間違いない、彼です。昔に比べて少し太っていたし髪は長髪じゃなく短くしてました。でも見間違いじゃない
「……え!?」
津崎君は一瞬戸惑った顔になりました。私は大笑いですよ
「津っちょ!? なんだよ! 打倒資本主義がなんでセブンで働いてんだよ」
セブンなんて昔の彼の言葉を借りるならマキャベリズムの権化みたいな会社ですよ。利益の追求だけを求めるその姿勢は津崎君がもっとも嫌うはず
今でこそ色々と叩かれてますが、当時だって本部の無茶ぶりにフランチャイズ店のオーナーが頭を悩ませている話はいくらでもありましたからね
「久しぶりじゃん! あんなに良い声してたのになんだよその声、死に過ぎだろ、わかんなかったよ!」
「……」
私はバシバシ肩を叩いて笑ってました。でも津崎君は俯いてました
「……430円です」
「あれ? 津っちょ? 津っちょ……だよね?」
なんか空気がピリっとしてました。津崎君は黙ったまま
「……」
「津っちょ……」
津崎君は私の方を見ようとしませんでした
空気が悪くなるのを感じたので、かけた声も次第に尻すぼみ。津崎君は俯いていたので彼の頭しか見えません。
私はお店を出てから失敗したなと気づきました
自分にとっての津崎君は高校生、あるいは大学生のままなんですよね
だからそのノリで接しちゃったけど、実際はもう10年以上が経っているわけです
県外で働いてたはずの彼がここにいるということは何かしら事情があった可能性もある。それを考慮できませんでした
私も母親が若年性認知症になったことで会社を辞めて自営業を始めていたのに……
誰だっておっさんになれば色々とあるのです
その後、何度かそのセブンに行きました。津崎君とは会えませんでした
何回か行った後に、店にいた店員さんに津崎君のことを聞いたら、もう辞めていました
彼はアルバイトで勤めていたらしい
なんだかモヤモヤしましたがそれっきりです
それから5年後
実家に1通の手紙が届きました。差出人は津っちょ。住所は広島県
手紙の内容は3年前に結婚したこと、去年子供が生まれたこと
5年前に私と会った時無視して済まなかったと書いてました
でも嬉しかったとも書いてました
大学を卒業して働き始めた職場でイジメにあったこと。人と接するのが怖くなってしまい退職して地元に戻ったこと
しばらくニートしてどうにかバイトができるようになるまで回復
でも慣れてくるとセブンでバイトしてる自分が惨めに感じてしまったこと。かといって就職活動をするのはまだ怖い
セブンで働いている時に学生時代の友人と偶然会うとみんな気づかないフリをしたそうです。それが自分に気を使っての行為だとわかるので余計に惨めに感じたとか
だから学生時代と同じノリで話しかけてきた私に驚いたと書いてました
同時に恥ずかしかったとも
なんだ恥ずかしかっただけなのね、じゃあいいや
津っちょは楽器を扱う会社に再就職したそうです
嫁さんと子供と写ってる写真が入ってました
嫁さんは色白の美人でした
ムカつきました
あ、セブンの変な販売促進歌は数か月でなくなりましたよ。やっぱり評判が良くなかったみたいです
おしまい