大昔のことなのに不思議と忘れることができない出来事があります。記憶に刻まれるほど強烈な体験でもない。なのにいつまでも頭のすみから消えない感傷が残ってる
今から37年前、私が保育園に通っていた時の話です
保育園でクリスマス会がありました
みんなでお菓子を食べてプレゼント交換をするというありふれたイベント
開催時刻は夕方から
当日、少し早めに家を出た私と母は近所の文房具屋さんに行きました。交換用のプレゼントを買うためです
その店は文房具屋といってもプラモデルとかラジコンなどの玩具も扱っていました。小学校に上がってからはミニ四駆のパーツを求めて日参したのを覚えてます
小さな店内はあらゆるものでごちゃごちゃしてました。私は大瓶に入ったスーパーボールを弄ったりして遊んでた
母は5色入りの細いマジックペンのセットを買っていました。ピンクとか黄緑とか普段は使わないような珍しい色が入ったマジックペンのセット。側面にはよくわからないキャラクターが印刷されています
セコイな母ちゃん、プレゼントなんだからもうちょっと豪華な物でもいいんじゃないの~
と思いましたがパトロンなので文句は言えない
実際母はちょっとセコイというか倹約家の側面がありましたね。我が家は食うに困るほど貧乏じゃなかったのに母の家計管理は実にこと細か。それが原因で父とよく喧嘩になってました
「すみません、プレゼント用にラッピングをお願いします」
「はい」
おじさんは真っ赤な包装紙でラッピングすると、小さなリボンをくっつけてくれました。私に渡す時、
「〇〇保育園のクリスマス会だろ 気をつけて行っておいで」
と笑っていました
包装紙は真っ赤に見えたけどよく見たらソリに乗ったサンタやツリーの小さなイラストが沢山描かれていました
我々はおじさんに手を振って店を出る
プレゼントを抱えた私はなんだかワクワクしてましたね
つまらない文房具でも包装されてしまえば特別なプレゼントへ格上げです
妙にテンションが上がったのを覚えてます。
うッほー! ようやくクリスマス気分になってきたぜ!
私はプレゼントを胸に抱えて多動児っぷりを発揮する
「こら!暴れちゃダメ!」
母に叱られながら手を繋いで保育園に向いました
幼児でも見栄はある
保育園に着くとすでに他の園児たちが親と一緒に集まっていました
「……」
私は彼らをジロジロと見てました
それまでのクリスマス気分が一転、次第に不安な気持ちになってしまう
皆が抱えてるプレゼント。そのどれもが立派で大きいのですよ
包装されてるから中身はわかりません。しかし私のように小さなプレゼントを持ってきた子供は1人もいませんでした
思わず私は抱えていたプレゼントをジャンバーの中に隠してしまいました
綺麗にラッピングされたマジックペンの五本セット
その平べったくて小さな物体がなんだかみすぼらしく感じられたのです
とはいえ今更どうすることも出来ません。母親に文句を言えばきっとぶっ飛ばされるでしょう
そんなわけで渋々教室に向かいました
母とは一度ここで別れます。クリスマス会が終わったら迎えに来てくれる約束です
私は教室の後ろに設けられたプレゼント置き場に行くと自分のプレゼントをそっと置きました。机の上には集まったプレゼントが山を成しています
案の定、自分のプレゼントがぶっちぎりで小さい。なんだか申し訳ない気分です。交換用だからこれを誰かが貰うハメになるわけですからね
その後もグズグズと悩むのかと思えばそこは幼児です。クリスマス会が始まればすっかりそんなことは忘れてはしゃいでました
皆でお菓子を食べてアニメを観て歌をうたう。なぜか宇宙戦艦ヤマトだった気がする
クリスマス会の最後はメインイベントのプレゼント交換です
まずはプレゼント置き場から一人一つのプレゼントを適当に選んで持つ。それから教室の真ん中でサークル状に並べられた椅子に座る。先生と一緒にクリスマスの歌を歌いながらリズムに合わせて隣の子にプレゼントを渡す
そうやってプレゼントを移動させながら歌が終わった時に受け取ったプレゼントが自分の物になるというわけです
歌が終わる
「……」
自分の手元にあったのはクソ小さな赤いプレゼントでした
げっ! なんだよこれ!? おもいっきりハズレじゃねえかよ
あまりのミニマムっぷに目玉が飛び出るほど動揺する
周囲を見ると誰もがデカいプレゼントを抱えてる。自分のだけ異様に小さい
ハズレを引いたのは明らかですよ
「それじゃみんな~ プレゼントの中身を見てみましょう。何が入ってたかな?先生に教えてね~」
先生が明るく叫ぶと、園児たちがバリバリと包装紙を破って歓声を上げる
戦隊ヒーローの剣とかアニメキャラの人形とか、わりとガチな玩具ばかりです。みんな狂喜乱舞して騒いでる
う、うらやましいぜ
私はヤケになって紙を破り捨てました。このサイズだとロクでもないのはハッキリしてる。板チョコかもしれない
うんざりしながら紙を破り捨てる
そしてキョトン
「なんだこれ……」
馬鹿なのですっかり忘れていました。でもキャップが鮮やかに着色されてよくわからないキャラクターが印刷されたマジックペンセットを見て全部思い出します
……
この時の気分をどう表現すればいいんでしょうね
たぶん『ほっとした』というのが正直な気持ちだと思う。明らかに周囲のプレゼントに比べて見劣りしてましたから。被害者が自分でよかったよ
っていうか自分のプレゼントが当たるなんてあるんだな
周りの子供たちはちゃんと交換できたプレゼントを受け取ったようです。不審な反応をしてる子はいません
自分の幸運?にビックリしました
まあチンケなプレゼントですが私はお絵かきが好きなので悪い気はしませんでしたけどね。マジックはクレヨンと違ってインクが少ないから貴重です。頻繁に買ってもらえる物ではないのです。しかも綺麗な蛍光色ばかり
ふ、余は満足である
「マー君は何を貰ったのかな~」
声に振り向くと先生がニコニコしながら私の肩を揺らしました。顔は覚えてないけど女の先生です
「これだよ」
私がマジックセットを見せると先生はちょっと驚いた顔に
「あらっ……」
言葉に詰まってた。それからすぐ笑顔に戻るとどこかへ行って戻ってきた
「まー君。よかったら先生とプレゼント交換しない? 先生ね、こんなの持ってるの」
「え…」
そう言って先生が見せたのは大きな箱。中身は玩具の拳銃でした。引き金を絞ると弾丸型のプラスチックの玉が射出するやつです
「拳銃のおもちゃだ…」
私は目を輝かせてたと思う。うん、実に欲しい。こんなおもちゃ遊んだことない。これで遊べたらきっと楽しいと思う。お絵かきよりもこっちの方がずっといいぜ
でも……
気づいたら私は交換を承諾してました。手元には大きな箱。先生はマジックセットを持ってニコニコしてる
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なんだろね。この気持ち
クリスマス会が終わって教室を出ると母が待ってました
私は満面の笑顔でプレゼントを抱えて駆け寄る。母もニコニコしてる
「わあ、いいなあ何を貰ったの?」
「これね拳銃! どう、いいでしょう」
「あらー格好いいねえ、良かったねえ」
帰宅途中でさっそく拳銃を取り出して玉を込めて引き金をひく。指先に感じた軽い抵抗はすぐになくなり、パンと小気味良い音が夜空に消える
引き金をひくたび、銃口から飛び出したプラスチックの弾が少し飛んではスファルトにパラパラと転がる
母と手を繋いだままずっとそうやって遊んでいました
人生で初めて手に入れた銃の玩具。家でもずっと遊んでました。嬉しかった。とても楽しかった
でもモヤモヤするのはどうしてだろね
母親が買ったマジックペン。先生が気を使って交換してくれたのは気づいてた。先生はマジックペンが私の準備したプレゼントだとは知らない。純粋に優しさで交換してくれたのです
だから先生は絶対に悪くない
当時の私は自分の手元に自分のプレゼントが戻ってきたことでちょっとビックリした顔をしてたと思う。驚いた顔を『ショックを受けてる』と先生が勘違いしてもおかしくない
なにより最終的に交換を承諾したのは自分である
だけど…
先生に気を使われたことで母の用意したプレゼントが貶められた気がしました
ケチな母が買ってくれたチンケなプレゼント。それは自分でもわかってる
なのに先生から交換しようと言われてちょっと悲しかったんだ
あのマジックペンはどうなったんだろうね。ちゃんと先生は使ってくれたかな
別に誰かが悪いわけじゃない。ただ自分が勝手に感傷的になっただけ
終わりに
おっさんになったのにいまだに忘れられない思い出です。幼稚園からの暗い夜道を母と一緒に帰った時の風景を今でも覚えてます
幼児とは気難しいものですね。当時の私はまだ3~4歳ですよ。それでもこうやってちょっとしたことで勝手に傷ついたりするわけです
それを知ってるから私は子供が苦手です。彼らは大人が思ってる以上に繊細で他者の振舞いを見てますからね。ガキだからといって単純な世界を生きてるわけじゃない
間違っても子供たちと話す時に幼稚な言葉を使ってはいけない。きっと彼らは
「なにが『でちゅね』だよバーカ」
と考えてるに違いないのだから
あれ、何の話だっけ?