1994年に週刊プレイボーイで連載されていた小説。『連載開始と同時に物議を醸した』とウィキぺディアに載ってましたけど、たしかに内容は笑えるほど酷いです
2003年には松田龍平や安藤正信、樋口加南子らそうそうたる顔ぶれで映画化されています
さらに蜷川幸雄が舞台化してたらしい。観たかったなあ
どんな話?
頭のおかしいオタクな若者が衝動的におばちゃんを殺害する事件が発生
首を裂かれたおばちゃん、ヤナギモトミドリは名前が同じミドリというだけで集まるグループ、『ミドリの会』のメンバーでした。仲間を惨殺されたことで他のメンバーは復讐を決意
オタクグループVSバツイチおばちゃんグループの血を血で洗う闘争劇がはじまります
最初は刃物を使っていましたが次第に扱う火力が増していき、最後は調布市が消滅します
は!? なにそれ
と突っ込みが入りそうですが、もちろんブラックコメディです
小競り合いが殺し合いに発展するとかじゃなく、いきなりオタクが面識のないおばちゃんをナイフで襲うというクレイジーさで殺し合いの火蓋が切っておとされます
真面目に読んではいけません。村上龍のノリまくった文章を楽しむ小説です
昭和歌謡大全集というタイトルが示す通り、随所に三波春夫やフランク長井といった昭和歌手の名曲が登場します
各章は曲のタイトルになってますね
昭和歌謡をバックにしてどうしょうもない連中が無残な聖戦を繰りひろげます
変わったタイトルの小説になったが、私は本当に楽しんで原稿を書いた。これほど書くのが楽しかったのは『69』以来だと思う
あとがきに村上龍がこう書いている通り、楽しんで書いているのがありありとわかる作品です
『69』も楽しい小説でしたね。私の好きな小説です
村上龍の【69 sixty nine】初めてゲラゲラ笑った小説 - ダメラボ
しかし昭和歌謡大全集は内容があまりに不謹慎なので、「面白かったよ」と他人に勧めるのがちょっと難しい。洒落がわからない人に勧めたら本気で怒られそうです
見どころ
メインキャラは6人のオタクとミドリの会のおばちゃんたち
オタク青年たちは仲良しグループというわけではありません。ただなんとなくメンバーの一人のアパートに集まってるだけ。この時点で意味不明ですが、そうなんです
彼らはあまりに世間との接触を苦手にし過ぎたせいで思考や行動がヤベー奴のそれになってます
物語の序盤に彼らはジャンケンの練習をするんですけど
いいですか私は言い間違えてませんからね
彼らは何かを決めるために皆でジャンケンをする前にジャンケンの練習をするんですよ
それはこんな感じです
ヤノはじっと自分の手が作るグーとチョキとパーの形を見ている。特にチョキの形にこだわっているようで、人差し指と中指が作り出す角度を何回も修正してその都度何かつぶやいている。「仰角を作る二辺とまったく同じ長さの二等辺三角形に正対する場合の関数はユークリッドと非ユークリッドではまったく違うはずだから……」
スギオカは、右手と左手でジャンケンをして、右手と左手とどっちが本当のボクなんだろう、と誰かに話しかけているが誰も聞いていない。
ミドリの会のおばちゃんたちも違った意味で猛者ぞろいです
孤独とエネルギーを発散できずに鬱屈とした気持ちを抱えてるという点ではオタク青年たちと共通しています
ちなみに本作でおばさん扱いされてますがまだ三十代です。皆が一回以上は結婚に敗れています
一見まともに見えるのですが、友達を作る術を知らない孤独さが招いたのか、それぞれが自分の世界を持ち過ぎていて、皆で会話をしていても人の話をろくに聞いてません
そのため協力して何かをすることが極端に苦手だったりします
そんな彼女たちが仲間の死を切っかけにして武器の扱いを覚え、協力し、励まし合いながらゲリラの戦いを身につけていきます
ミドリの会の五人は三十数年生きてきて、初めて他人を発見した。殺人の方法を科学的に考えて決め、それを全員で認めた時、彼女達は手を取りあって泣き出してしまった。それは基本的にバンザイ突撃しか知らなかったこの国の婦人達にとって、革命的な一夜だった
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村上節が読んでて楽しい
普通の人では言語化できない些細な心象をくどいまでに描くのが村上節です。この人は文章がノッてくると改行なしで一つのセンテンスが異様に長くなります
今回の作品は本人が楽しんでいるので全編に渡って村上節が炸裂しています
この表現法は読みにくいので苦手な人がいるかもしれませんね
たしかに文脈を真面目に読み取ろうとすると息継ぎなしで読むような感じになるので疲れるかも。そんな時は流し読みでも大丈夫。話の流れがわからなくなることはないので
脇役から通行人までキャラが濃すぎる
昭和歌謡大全集には本筋に関わらないキャラが複数登場します。代表的なキャラは、とあるメンバーの殺害現場に目撃者として現れる女子短大生です
そこには内臓の病気を取り出してその毒の成分だけでクローン人間を造った、という感じの女子大生が立っていた――
「そこで、立ち小便をしたら、だめよ」
声そのものにも病気の粉末がまぶしてあるような感じだった
この女子短大生は常軌を逸した顔と声の持ち主、つまり不美人です。普段はクルクルパーのオタク青年たちが彼女と相対した時のみ、頭が正常に働くというすごいキャラとして描かれています
この娘の描写がとにかくひどいんですよ
ここに掲載するのが躊躇われるレベルです。この短大生と遭遇した時のオタク青年、ミドリの会のメンバー、周囲の一般人、みんなのリアクションがとにかく下品過ぎてヒドイ
でもその表現が秀逸すぎてつい笑ってしまう
他にもトカレフを密売する金物屋の親父が良い味出してます
最初に路上で殺されたヤナギモトミドリを助けもせずにガン無視する通行人たちもなかなかのカオスっぷりです
登場人物にまともな人が一人もいません。みんな無駄にキャラが濃く異彩を放ってます
言いかえるとそれだけ強いエネルギーを放つ作品です
まとめ
楽しい小説ですが、あくまでも創作物として楽しめる人限定です。特に最後は賛否両論あると思います
女性(特におばちゃん)に対する表現が笑えるほどお下劣で過激です。自分は爆笑しましたが、もし今発表したらそれこそ94年当時よりも物議を醸すでしょうね。そういう意味でも貴重な作品です